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東京地方裁判所 昭和63年(刑わ)3487号 判決 1989年2月17日

主文

被告人を懲役一年四月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  昭和六三年一〇月二六日午前三時ころ、東京都世田谷区<住所省略>第一コーポ四〇一号室のA方において、同人の管理するB信用金庫発行にかかるキャッシュカード一枚を窃取し

第二  右キャッシュカードの磁気ストライブ部分の電磁的記録を不正に作出した上、これを利用して、右信用金庫が加盟している預金管理等のオンラインシステムに接続された現金自動払出機(以下「ATM機」という)から現金を窃取しようと企て、同日午前三時一五分ころ、同世田谷区<住所省略>株式会社○○製作所東京支店において、同信用金庫の事務処理を誤らしむる目的をもって、ほしいままに、同支店に設置されたコンピュータ機器を用いて、有り合わせの給油カードの磁気ストライプ部分に右窃取にかかるキャッシュカードの磁気ストライプ部分の電磁的記録を複写印磁して、同信用金庫の預金管理等の事務処理の用に供する事実証明に関する電磁的記録を不正に作出し、同年一一月四日午後一時一九分ころ、同世田谷区<住所省略>C信用金庫経堂支店において、右不正に作出したカード一枚を前記オンラインシステムに接続されているATM機に挿入して同機等を作動させ、もって、右不正に作出された電磁的記録をC信用金庫の事務処理の用に供し、同機から、同信用金庫経堂支店支店長D管理にかかる現金八万円を払い出してこれを窃取し

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法二三五条に、判示第二の所為中私電磁的記録不正作出の点は同法一六一条の二第一項に、その供用の点は同条三項、一項に、窃盗の点は同法二三五条にそれぞれ該当するところ、判示第二の私電磁的記録不正作出とその供用と窃盗との間には順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により一罪として最も重い窃盗の罪の刑で処断することとし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重いと認める判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年四月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。(量刑の理由)

本件は、当時、借金が嵩んでその返済のための金策に窮していた被告人が、勤務先の同僚の所持するキャッシュカードを盗み出した上、そのコピーを作ってATM機から現金を引き出そうと企て、同僚の寝入っている隙にキャッシュカードを盗み出し、勤務先のコンピュータ機器を使用して右キャッシュカードの磁気ストライプ部分を有り合わせの他のカードに複写して電磁的記録を不正に作出した上、これを利用してATM機から現金八万円を窃取したという事案であって、犯行の動機に酌量すべき余地は全くなく、その職業柄コンピュータ機器の操作に習熟し、勤務先のコンピュータ機器がキャッシュカードの磁気ストライプ部分を解読・複写する機能を有していることを知悉していた被告人が、自己の知識、技能を悪用して敢行した計画的かつ巧妙な犯行であり、本件の如き犯行がキャッシュカードの有する資格確認、事実証明機能を損い、この種のカードに対する社会一般の信頼を害するものであることを考えると、被告人の刑責は決して軽いものではない。

しかし他方、被告人は本件で検挙された後、率直にその非を認めており、深く反省している様子が窺われる上、本件犯行により実質的な被害を被ったAに対しては被告人の実父が被害を弁償し、その損害は既に填補されていること、一方、被害者からは被告人を宥恕し、寛大な処分を求める旨の上申書が提出されていること、本件犯行の結果、被告人は勤務先会社を解雇されるなど、既に相応の社会的制裁を受けていること、被告人は現在満二一歳と若年であり、これまで何ら処罰を受けた前科もなく、被告人の実父がこれからは被告人の監督を十分に行い、その更生に尽力する旨当公判廷で誓約していることなど、被告人のために有利な事情も認めることができる。

そこで、当裁判所は、これらの事情を総合考慮し、被告人に対しては社会内で自力更生する機会を与えるのが相当であると判断し、主文のとおりの刑に処した上、三年間その刑の執行を猶予することとした次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官池田真一 裁判官川上拓一 裁判官大野勝則)

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